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ちびきいろじゃっぷ

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tomo
Time
2005-07-03 13:37:28+09:00
Category
Review

ちびきいろじゃっぷ 表紙ちびきいろじゃっぷ 表紙 ロシア人船員に度重なる嫌がらせを受けた末に白人お断りの方針を出した銭湯を訴える目的で遠路遥々入浴に行った事でお馴染の有道 出人(あるどう でびと)氏による、ちびくろさんぼのパロディ作品。 中々面白い。 作者は狙っていたのだろうが、日本人の一人としてこの作品を呼んで被差別感や劣等感は全く覚えない。 寧ろ、主人公は中々利口そうで愛らしい様子に好感が持てる。

特に秀逸なのが主人公の母、ばーば()んぼ親の描写で、ブランドもののバッグを所持し、財布を寄こせと夫に迫る鬼嫁ぶり。 また、なぜかは()かりかねますが、さるはケンカ上(けんかじょう)みそに()けましたという、絵本の体裁から想定される読者の年齢層を無視したとしか思えないストーリー・テリングの放棄ぶりもパンクな感じだし、味噌カツをやせ我慢する主人公も、過労死の恐怖と隣り合わせの激務に文句も言えずに働き尽くめなのに犯罪者予備軍扱いされる日本の平均的サラリーマン像を表現しているようで逆・萌え度が高い。

ただ、主人公の名前「じゃっぷ」が「さんぼ」のパロディになっていない点が残念だ。 「さんぼ」は単なる人名ではありませんという主張は主として米国国内の黒人差別の歴史に根ざしたもので、その歴史的経緯を共有していなかった英国人ヘレン・バンナーマンが赴任先の東南アジア系民族を題材に描いた「little black sambo」から黒人差別の意図を読み取ること自体が甚だしい誤読なのだが、それ以前の問題として「じゃっぷ」は人名ですらないもしあなたの人種が同様に描写されたらという問題提起の筈が、元の表題がちびくろニガーでなければ成立しない全く異なるレベルの話にすり替わってしまうという、結果的には差別偏見問題を表現するに足る知性が作者にそもそも備わっているのかという問題までもが作品から垣間見えてしまった点も含めて極めて興味深い。

米国文化圏で時に笑いを誘う日本人名といっても著名な男性にまとわりついて強権を振るう女という意味合いの「ヨーコ」くらいしか無いのが残念だが、人名といわずともせめて「にんじゃ」とか「げいしゃ」とかにすれば面白かったのかも。 「ちびきいろにんじゃ」。 この名前なら結構ヒットするだろう。 是非絵本として出版して欲しい。

Face Book Comments

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tomo
Commented Time
2005-07-18 11:20:00+09:00

白人の鼻を高く描くのも問題らしい

県が各地で開く国際理解の催しのPR用ポスターとチラシに描かれた外国人のイラストに対し、県内在住の外国人男性から「鼻が異常に大きく、不快感を覚える」との苦情が寄せられていたことが、15日わかった。 計3300枚が県庁や市町村などに配布されているが、県生涯学習センターは13日付で、撤去と廃棄を求める文書を関係先に送った。 高橋幸臣所長は「不快に感じる人がいる以上、不要な誤解や摩擦は避けたい」と説明している。

鼻高々教師 クレームのついたイラストはこの通りだが、特に辛らつな表現にも見えないこの様なイラストも差別問題に発展するとしたら、イラストに於けるデフォルメという手法自体の徹底見直しが必要になる。

しかし、デフォルメが妥当なのか不当な差別なのかの境界は、実は非常に恣意的で、歯を鼻よりも前に突き出した腫れぼったい狐目の黄色人種像を何の悪意も無く平然と多用する欧米の傾向が当のアメリカ国内で差別問題として大々的に糾弾され発禁になったという話は特に無い様だ。 彼らのマジョリティである白人を基準にすれば、出っ歯や腫れぼったい狐目は当然のデフォルメであって悪意でも何でもないということなんだろう。 丁度、日本のマジョリティにとって高い鼻や奧目が白人の妥当なデフォルメ表現であるのと同じ事だが、当の白人から見るとそのデフォルメは不当に思えるので―というのも、当の白人にとって自分たちの顔は特段に鼻が高くも奧目でもないので―差別だ!!ということになる。 同様に黄色人種目線で自分たちの顔は特段に出っ歯でも腫れぼったい狐目でもないので不当な差別!!という意見が通れば良いのだ、白人中心主義者でもある彼らには通じないことこそが差別問題の根幹。 こんなところだろうか。

そういえば、日本のアニメ作品は海外に多く出回っているが、登場人物を特に「外人」として描いた訳でもない作品でも、欧米など白人主体の国々では「何故、登場人物が白人ばかりなのか? 自分達日本人がアニメに全く登場しないのは何故か?」とかなり疑問に思われるらしい。 彼等には、野比 のび太も峰 不二子も古代 進も東洋人には見えないらしいのだ。 特段に人種、民族的デフォルメを施していないキャラ絵はその文化圏で主流の人種、民族を描いたものとして受け入れられ、それを基準に特段のデフォルメを施した場合のみ人種や民族の違いとして認識されてる訳だ。 この事象の日本版が「日本人は特にデフォルメ不要、白人は鼻が高く彫が深く、黒人は唇が厚い」となるのだが、白人中心的な基準では「白人はデフォルメ無し、東洋人は出っ歯の狐目、黒人は唇が厚い」となるとなるところを奴隷制度という米国の汚点からの反動で「黒人のデフォルメについてはNG」という修正が入り、黄色人種には修正は入らない。 こういう一国の事情に合わせて日本を含む他の国々が一方的に米国基準に統一させられることが平等なのか、各文化圏の自然な感情の発露にまかせて異人種デフォルメを全面容認するのか。 おそらく正解はないのだろう。

Notes